数年前、アメリカ人の友人の結婚式に出席するために、オハイオ州まで足を運んだ。 彼女は私が中学生の時の英語の特別教師で、私に英語の素晴らしさと楽しさを教えてくれた先生。 彼女がいなかったら今の私は無いと言っても良いくらい、私に多大な影響を与えてくれた人だ。 お世話になった彼女が結婚するということで、私は日本から来る両親と母の友人の先生を コロンバス空港で迎えることにした。

- 英語の先生を訪ねてオハイオまで個人旅行をした母と先生
私はモンタナから、母たちは成田-テキサス-コロンバス経由での旅だ。 母たちの搭乗した飛行機の到着は夜遅く、私は一人で空港のロビーで待っていたが、 久しぶりに父と母に会えると思うと胸がドキドキして、日本の空気に触れることが出来ると思うと、ワクワクした。 結婚式の後はみんなでニューヨーク観光に行こうということになっていて、私は自由の女神像やタイムズスクエアなど、 みんなを連れて行く場所の計画を練り、旅行が楽しくなることを空想しては一人でほくそえんでいた。 しかしながら私が目にしたのは、車椅子に押されてゲートから出てくる先生ではないか! 一体先生に何が起こったのか!!
なんと先生は、飛行機内でラボラトリーを使用中にかなり大きい乱気流が起こり、 バランスを崩して転んでしまったのだ。 先生の足首は、どうも骨折してしまったようだった。 私の胸のドキドキワクワクは一気に消え、一瞬頭がパニックになった。 これからどうすればいいのか!! まずは先生を病院に連れて行かなければいけない。 ちょっと待て、こういう場合は空港会社が責任をとってすべてをするべきではないのか? 救急車をよぶべきか?病院は一体どこにあるのだろう? そもそもこんな夜遅くに病院は開いているのだろうか? 結婚式はどうする?ニューヨーク観光はどうなるのだ?!
両親も、車椅子に座っている先生も疲れきっているようで、英語を話せるのは私一人。 母と先生も英語を話すが、緊急事態の対処は無理だろう。ここで私が焦っていては、何も解決しないということを悟り、 とりあえず母たちが搭乗していた空港会社のフロントに、責任をとって病院まで連れてってもらえないかどうか聞きに行くことにした。 フロントには男性が一人いて、「もう夜遅くなのでそういうことに対処できる人はみな帰ってしまった。私には何も出来ない」という冷たい一言をいただいた。 私が英語で上手に説明できていなかったのかもしれないし、彼も一日の終わりで疲れ果てていたのかもしれなかった。 では救急車をよんではどうだろうと考えたが、救急車は多分高いし、もちろん使用したこともないのでよく分からない。 結局タクシーを見つけて「Please take us to closest hospital from here. To emergency room!」と叫んだ。 怪我をした先生をタクシーに乗せて、自力で病院に行くことにした。
病院でのことはあまりよく覚えていない。たぶん脳みそを20年分くらい一気に使い切ってしまったはずだ。 アメリカに大学留学しているとはいえ、私の英語はまだつたないし、発音も日本語英語丸出し。 唯一の救いは、専攻していたクラスのおかげで、医療系の英語をたくさん知っていたことくらいだ。 (あんまり役に立たない)通訳ということで、先生に連れ添って病院内をウロウロした。 Ankle…fractured…very…bad…need…surgery…hospitalized… 先生はくるぶしを複雑骨折しており、かなり悪い状態で急いで手術をしなければならないというのだ。 ここで手術をするなら数日間入院ということになり、それが嫌なら日本にすぐ帰って手術をしなければならない。 この後のニューヨーク観光はもちろん無理だ。先生は日本に帰ることを選び、次の日は再び空港に戻ることになった。
前の日は病院で脳みそを使い切ってしまったので、すっかり疲れ果てていた私だが、まだまだ私の仕事は終わっていない。 日本にすぐ帰らなければいけないとなれば、飛行機のチケット変更などをしなければいけない。 母はあーでもないこーでもないと無理難題をふっかけてきて、もうヘトヘトだった。父が黙って見守ってくれていたことだけが救いだった。 飛行機会社がやれるところまでやってもらおうということで、再びフロントへ足を運んだ。 昨夜何が起こったかを一生懸命説明したのだが、フロントの人は「私には何も出来ない」の一点張り。テキサスにある本社に問い合わせろなどといわれ、ついにぶちきれた私は泣き落とし戦法にかかった。

- 無事日本の病院で手術を終えた先生。
泣いて泣いて泣きまくり、思いつく限りの英語をならべて、いかに昨日が大変だったか、いかに空港会社が冷たいか、いかに私たちが可愛そうな状況に置かれているかを訴えた。周りにいた人たちがかわいそうに思ってくれたのか、「マネージャー呼んできなさいよ、どうにかしてあげなさいよ」という声が聞こえてきて、やっとこマネージャーが非をみとめ、責任をとって無料で日本へ帰るチケットをくれることに賛成してくれたのだ。無料で帰れれるのは怪我をした本人のみで、先生のみの席を用意。日本語の通訳兼アシスタントを付けろと要求したら、それも可能だということになり、私はようやく胸をなでおろした。
英語を知らなくたって旅行は十分楽しめるが、バックパック旅行や添乗員のいない個人旅行などではやはり英語ができるとだいぶ楽になる。旅行はいつ何が起こるかわからない。そんな時、どんな国でも必ず数人は英語を話せる人がいるからだ。 世界のあらゆる場所に、有名ホテルや大きな空港のように、日本語の通訳が常に 待機しているとは限らない。英語が話せなかったら、まったくどうなっていたかと思った。あらためて、少しでも英語を話せた自分に感謝した。
![Amazing adventure [旅の達人]](images/bh_vol04.jpg)

























